2008年12月14日日曜日

少年漫画の残虐シーン多すぎ

2007年12月26日

新幹線に乗った。隣の人が降りるときに週間少年ジャンプを残していった。暇だったので、読んだ。

思わず、顔をしかめた。

化け物が女性のへそから卵を生み、卵がかえって女性の養分を吸い取って、口から出てくる。今さっきまで話していた女性は干からびてミイラのようになる。また他の漫画では、簡単に人が殺される。他の漫画では、大勢の人が化け物に触られるだけで消え去ってしまう。また他の漫画では、大きな化け物が人を食べてしまう。どれも、結構細かく描写されていて、リアルだ。

残虐なシーンばっかりだ。

私が少年のころの週間少年ジャンプは違った。ギャグ漫画が多かった。
少なくとも、人が簡単に死ぬような漫画はなかった。残虐なシーンを詳しく描写するようなことは無かった。
今の少年ジャンプにあるギャグ漫画はこち亀だけのようだった。

どうしてこんなに変わってしまったのだろう。

こんな残虐なシーンや、簡単に人が死ぬような漫画を読んでいたら、頭がおかしくなってしまうのではないだろうか。

息子にはこんな漫画は読ませたくないと思った。

しかし、家では、4歳になる息子にegobooのようなゲームをやらせている。敵の小さな可愛い猿のような化け物を倒したりする。息子が嬉しそうに言う。
「バカなやっちゃな。溶岩の上に自分から行って死んでしまっとんねん。」

まずいかもしれない。

その点、WIIとかは良いかもしれない。体を動かしたり、バランスを取ったり。そんなのの方がよっぽど良いのかも。

ただし、それも、おかしな話だ。WIIなんてなくても、バランスを取ったり、テニスをしたり、すれば良いでは無いか。

場所が無いのだろう。しかし、おかしな話だ。

日本ってやっぱり何かおかしい。

意味不明な話し合い

2007年11月23日

前期に頑張って研究していたのに、最近研究のペースが落ちている学生さんが居る。その学生さんは少し指導しただけで、自発的に研究を進めることが出来て、理解力、行動力に優れている。僕もかなり期待していた。
しかし、後期になってから、研究のペースがかなり遅い。たまりかねて、「そんなペースでやっていても良いと思っているんですか?」と聞いたら、「これから頑張るから大丈夫です。」と言った。少々腹が立った。大丈夫かどうかの判断は、自分だけで出来るものではなく、私と相談すべきだと思ったからである。まぁ、しかし、ぐっとこらえて、様子を見ることにした。しかし、やはり、その後も、研究のペースが遅く、報告にも来ない。たまりかねて、「一週間に一度は成果を報告してください。失敗して研究が進まない場合にはサポートできますから。」と伝えた。しかし、最近、前回の報告から二週間目になっても報告に来なかった。研究もあまり進んでいないようである。たまりかねて、今日、その学生さんに言った。ゆっくりと落ち着いて、座って、面と向かって。
「成果の報告の頻度が遅すぎます。こんな頻度では、卒業論文の単位は認められません。」
すると、その学生さんは言った。「分かっています。」
僕は続けた。「成果を出せば良いというものでもありません。それなら、成果が1カ月で十分に出たら、あとの11ヶ月は何もしないでも良いということではありませんから。むしろ、成果よりも、失敗しても、次に何をするのか考え、相談し、やってみるという繰り返しが重要です。失敗して、失敗したからといって、1 週間放置していたら、遅くなります。むしろ、失敗したらこまめに、頻繁に報告してください。僕の言ったことをやって失敗することも多いと思います。そんなとき、放置せずに、できるだけ早く、すぐにでも、せめて一日ごとに失敗や成果を報告してください。わかりましたか。」と言った。
すると、その学生さんは私に聞いた。「私の思うようにやれ(ば良い)と言うことですか?」
私にはその学生さんが何を言っているのか、理解出来なかった。なぜ、そういう理解につながるのか?
私は理解できないままに必死に考えて、答えた。「反対です。むしろ、頻繁に報告して相談してくださいということです。」さらに考えて、言った。「ただし、私に相談しても失敗するから、相談せずに自分でやりたいようにしたいというのなら、私もそういう覚悟で対応します。卒論に見合う成果を出せたと私が判断したら、それでも良いですけど。」
そして、言った。「問題は何だと思いますか?研究テーマが悪い?私の指導が悪い?」
その後は、研究の進め方について相談しました。

家に帰るときにやっと考える時間が持てたので、その学生さんがなぜ途中であんなことを聞いたのかを考えました。もしかして、「報告の頻度が遅すぎます」を私が言い違えて、「報告の頻度が多すぎます」とでも言ってしまったのだろうか?それとも、そのように聞き間違えられたとか。それじゃ、漫才だ。

家内に帰ってから相談してみた。すると、家内が一言。「あなたから見捨てられた(見放された)とでも勘違いしたんじゃないの?」なるほど。そう思ったのかもしれない。むしろ、まったく逆なのだが。

伝え方がまずかったのかもしれない。残念。

もしかして、「私の思うように」の「私」というのは、言った学生さん本人のことではなく、鈴木清のことだったのだろうか?誰が研究の進め方、つまり学生さん本人が行うべきことを決めるかということを議論したかったのでは無い。単純に、報告の頻度が少な過ぎる、端的に言えば、研究の進む速さが遅すぎるので、急いで行って、結果が出たらすぐに相談に来てくれということなのだ。研究の進め方は、今までどおり、学生さん本人と私、鈴木が相談して決めるのである。どうも、話をはぐらかされているような気がする。

人はいずれ死ぬ

2007年11月9日

人はいずれ死ぬ。

私は死ぬのが恐い。何も考えられない時間が来るのがとてつもなく恐い。

可能なら永遠に生きていたい。今が幸せだからなのだろう。

死ぬのを恐れて、泣いてばかりいて、そのまま死んでしまったら、なんて情けない、みじめな人生なのだろうか。そう思って、幸せに活き活き(生き生き?)と生きようとしている。結構、幸せに生きていると思っている。神さまに感謝。

いったいどのようなことをすれば、私は死ぬときに、満足して死ねるのだろうか。大金持ちになって豪勢な生活をすることだろうか?みんなから偉い偉いと崇拝されることだろうか?多くの女性と性交をすることだろうか?研究してノーベル賞を受賞することだろうか?今まで知られていなかった新事実を発見することだろうか?根本原理を解明することだろうか?家族と幸せに楽しく過ごすことだろうか?困っている人を多く助けることだろうか?世界を危機から救うことだろうか?

私は三國志ファンでは無いが、「蒼天航路」というマンガを一時期好きになって、読み耽ったことがある。
印象的だったのは、劉備玄徳が、関羽と張飛と義兄弟になるときの話だ。(史実に基づいていない、フィクションかもしれません。)
何故だか忘れたが、関羽と張飛から悪人と疑われた劉備は、問い詰められる。関羽「お前は何をしたい?金銀財宝を得ることか?名声を得ることか?権力を得ることか?多くの美女と寝ることか?」
劉備は答える。「ああ、それらのことはみな、好きだ。」
関羽は怒って、張飛に命じる。「張飛、青龍刀を持てい!」関羽は劉備の額を床に付けさせ、劉備の頭の上に青龍刀を振りかざす。劉備は続ける。「しかし、もっと嬉しいことがある。」
関羽は恐ろしい顔で問いただす。「何だ?!それは?!」
劉備が答える。「喜ぶ民の顔を見ることだ。」
途端に、関羽は青龍刀を投げ出して、後ろにひっくりかえり、どすんと座り込む。劉備は起き上がって、希望に満ちた顔で言う。「関羽、私という杯の中身にならんか。もしもお前が器を邪魔だと感じたなら、そのときは杯を砕けば良い。」

私の器、そしてその中身は何なのだろうか。

モンスターペアレントとモンスターすちゅーでんと、そして。。。

2007年11月9日

個人で出来ることが社会に及ぼす影響が大きくなっている。HPの普及により、個人が全世界にメッセージを発することも可能だ。自動車で時速100km以上で高速道路を疾走することも出来る。こうなると、自信が大きくなりすぎることがある。加えて、日本は加害者に対する罰が甘い。自信が大きくなって勘違いした人間は、他人を必要以上に攻撃したり、阻害したりする。特に、回りからちやほやされる人間、偉くもないのに偉いとして扱われる人間は、傲慢になってしまう。傲慢で、自分勝手な意見を主張し、他人を攻撃する親、特に小中高などの教師を攻撃する親は、モンスターペアレントと呼ばれている。 http://sankei.jp.msn.com/life/education/071107/edc0711070337000-n1.htm そんな親が育てるのだから、その子供も、傲慢で、自分勝手な意見を主張し、他人を攻撃する人間になる。学生さんにも、そういう人が確実に増えてきている。おっと、「回りからちやほやされる人間、偉くもないのに偉いとして扱われる人間」って、私みたいな大学の教員もそうではないか?私もこのような掲示板に好き放題の罵詈雑言を書いているような(^^;) 私も反省しなければ。しまいに、モンスターペアレント兼モンスターティーチャーになりそうだ。

Dracon's Law:『悪神の群像』&『愚神礼賛』

2007年10月28日


『悪神の群像』&『愚神礼賛』
"Malicious Gods" & "God helps rich persons"
書き始め2003年12月7日
更新日2005年5月4日
最終更新日2007年10月13日


<<自分に都合の悪い人間を殺しても良いと人間に説く「神」などは神ではない。 何故、宗教を崇拝するイスラエル人(キリスト教)とパレスチナ人(ユダヤ教)は 聖地を取り合って殺し合いをするのか。大国のエゴによる勝手な約束が一因ではあるものの、 宗教と憎しみの連鎖が人を「崇高な」殺し合いに駆り立てることに対する怒りを記したい。 宗教による教育(洗脳)の恐ろしさ、悲惨さを訴えたい。>>
カイ=ハーン「「神」が許しても俺は許さない。」
ヤーン「キリストは泣いている」。
ある学者は、教団が教条に執着しすぎて人々の不幸を招いているのではないかと考え、 それを教団に対して宣告した。彼は教団から迫害を受け、皆から無視され、 その学者の家族は生活ができなくなり、山奥で自給自足の生活を営んでいた。 学者に賛同する者達も集まり、学者と一緒に山奥を開墾して生活共同体を形成しようとしていた。 しかし、社会からのけ者にされていた彼らはろくな生活はできなかった。
正義を探すことに疲れ、挫折していたホルムズは教団の信者になって 敬虔な毎日を過ごしていた。あるとき、ホルムズは山奥で生活する学者達に出会う。 ホルムズは彼らと仲良くなる。
あるとき、学者の娘が病気になったが、薬を入手することもできなかった。 学者の息子は、信仰深い病気の妹を救うために神への布教金を奪う。 しかし、彼は教団の幹部らに捕らえられる。大神官は宗教裁判を開き、 教条を破ったとして少年を「神の名により」処刑した。 処刑に参列した無数の信者たちは「やはり、貧乏で教育を受けていないからだ」と口々に言う。 少年を救おうとして救えなかったホルムズは、その大衆を前に、怒りのたけをぶちまける。
「貴方みたいな人がいるから、貴方みたいな人がいるから、人々が幸せになれないんだ。 人々がお互いに殺し合いをするんだ。こんな「神」など・・・神ではない。」
ホルムズを殺すように大神官が人々に命じる。人々はホルムズを捕らえようとするが、 上から見下ろすような威圧的な神々の群像をホルムズの手から放たれた光線が木っ端微塵に破壊する。
驚く神官だが、叫び声をあげる。
「皆のもの、見たであろう!こいつは、悪魔の使いだ!人間の仕業ではない!こいつをひっとらえて、神様のために、処刑するのだ!」
しかし、人々は、違う方向、神々の群像の方に走り出していた。神官は金切り声を上げる。「何をしておる!このものをひっとらえ・・」後ろを向いた神官は目を見張らせた。神々の群像の中には、人々から徴収した金銀財宝がぎっしりと詰まっていたのだ。人々は金銀財宝を手に取っていた。「これで、パンが買える!」神官は走っていき、人々がお金を取らないように、金銀財宝の山の前に立ちはだかる。「神の宝に手をつけるな!無礼者が!神の宝を取ろうとは!貴様ら、罰があたるぞ!」それでも取るのをやめようとしない人々。罵り、怒り狂う神官の後ろで、山のように積もった財宝が崩れる。人々を止めるのに必死な神官達「止めんか!神の財宝に手をつけるな!これは、私の財宝だ!止めろ!」神官たちが必死になって気がつかないうちに崩れ落ちた雪崩のような金銀が神官たちと、金を取っていた人々を一気に呑み込み、人々たちは金銀財宝に埋まってしまう。
キールズが苦笑いする。「こいつら・・・馬鹿の集まりだ。」キールズはホルムズに呼びかける。「行こう。ホルムズ。こんな奴らといたら、馬鹿が移るぜ。」

キールズとホルムズは、学者達とともに、自給自足の生活をし始める。国や村を追われた者たちを受入れ、ホルムズ達と多くの人が生活をともにすることになっていく。


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Dracon's Law: 雰囲気

2007年10月28日



楽しく
書き始め2003年12月7日
最終更新日2004年9月28日


ドラコンの法律のストーリーやテーマは、正直言って、暗い。しかし、登場人物、 特にホルムズとキールズには決して暗くなって欲しくない。彼らの明るさで、 ストーリーの中の暗さが消し飛ばされてしまうぐらいに、読者が快活な思いに浸れる ようにしたい。生きていることの幸せを、どんなに苦しく辛いときにも感じ、 自分と周りの人を活発にできるホルムズと、どんなに苦しく辛いときにもひょうきんで、 皮肉たっぷりの冗談でやり過ごせるキールズにしたい。


ホルムズの名の由来

一匹の蟻はか弱い。多くの蟻がいて、一匹の蟻の命は軽んじられる傾向にある。 しかし、蟻は強いと私は思う。踏まれても、靴と地面の隙間に居て生き延びる。 雑草のように強い生命力を持つ。そして、蟻達は、けなげに働く。 そんな蟻を見下してはならないと思う。蟻の出す蟻酸は、ホルムアルデヒドという 物質を酸化すると合成できる。その「ホルム」と付けた。 「ズ」は英語の複数形の「S」であり、「ホルムズ」は「多数の蟻達」の意味である。 ホルムズはばらばらにされても、一つ一つの細胞が結合し、 元の力強い一人の人間に戻る。また、上層部からは軽蔑されることの多い、大衆の意味もこめている。 つまり、支配体制における一人一人の下層部の人間という意味もこめられている。


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Dracon's Law: 『超能力者達の悪夢』&『超能力者達の逆襲』

2007年10月28日


『超能力者達の悪夢』&『超能力者達の逆襲』
書き始め2003年12月7日
最終更新日2004年9月19日


超能力者達は、裏社会で政府中枢とヤクザ社会の中で、権力者達の庇護のもと、 権力者たちに利用されていた。テレパス(読心能力者)は政府転覆計画など、 権力者達に反逆する意思のある者を察知していた。強迫観念を与えることのできる超能力者は、 そうした反逆者達や極悪犯罪者の洗脳を行っていた。そうした超能力者は一般の社会から隔離され、 公には現れず、特殊部隊として訓練を受けていた。そのような組織の長ダグラス=キュローは、 野心から、権力者を洗脳して自分たち超能力者が全世界を支配する社会を形成しようと企てる。 しかし、そのことを、権力者を愛する超能力者が密告し、ダグラス=キュローらは殺害される。 超能力者を普段から嫌っていた人間のグループが、これを機に超能力者を皆殺しにすることを 権力者に提案し、受け入れられる。利用されたマスコミによって、超能力者が悪魔のようであり、 人間たちを虐殺したのだと報道され、人間たちは超能力者に対する嫌悪感を募らせていく。 超能力者狩りが激化し、多くの超能力者が殺されていく。ついにダグラス=キュローの一家 は人間たちによって捕らえられ、人間たちの前で公開処刑されることになる。 カル=キュローの母テシア=キュローは人間たちの前で陵辱の限りを尽くされ、 カル=キュローは、その母の姿を笑いながら見ている人間たちへの復習を誓う。 物質転送能力を持つ超能力者リリザ=エペルナは、処刑される前に、 ダグラスの長男カル=キュローと自分の娘リリザ=マリアを転送し、逃げ延びさせる。 カル=キュローとリリザ=マリアは、逃げ延びたわずかな超能力者達を集め、 超能力者が安心して生きられる社会を形成すべく、人間と戦いを始める。


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