2012年8月7日火曜日

生きながらえさせる理由の無い人間

私は基本的に性善説だ(った?)。

人間には本質的に悪い奴は居ないと思っている(いた?)。

冗談で、「殺してやろうか!」なんて言ったりするが、本当に殺してやりたいなんて思ったことは無かった。

でも、昨年10月に大津市で起こったいじめによる自殺について、色々とニュースや2ch(嘘も多く混ざっているでしょうけど)で読んでいて、

ずいぶん前に起こった
女子高生コンクリート詰め殺人事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E5%AD%90%E9%AB%98%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E8%A9%B0%E3%82%81%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6#.E5.B0.91.E5.B9.B4.E3.81.9F.E3.81.A1.E3.81.AE.E3.81.9D.E3.81.AE.E5.BE.8C
について知った。

犯人達はまだ生きているらしい。

生まれて初めてかもしれない。

犯人達を殺したいと思った。

殺された女子校生の無念さを思うと、なぜ、こんな犯罪をおかした人間がこの地球上で生存することを許可されているのか、理解できない。

自分の楽しみのために、他人が嫌がるのに、その人に暴行を加えるという人間は、
全員焼却処分して、この地球上から、存在していたという履歴さえも消してほしい。

なぜ、こんな人間を生かすために、裁判や、弁護人を立てたりする必要があるのか。
もちろん、犯行を行っていないと本人が主張したら、耳をかして、本当に犯行を行っていないのか、厳密に調べる必要があるが、この犯罪者たちは犯行をおかしたことを認めているのだ。

何が、「少年らが裁判中に人間性に目覚めている」だ。

そんなことしたって、殺された女子高生は生き返るのか。

みだりに(正当な理由が無く)人を一人でも殺した人間は、自分が殺したことを認めたら、死刑。

 正当な理由ってのは、例えば、医者が、末期癌の患者から、安楽死させてくれと言われた場合とか、または、人を殺したことを認めた犯罪者を死刑にするために殺した場合。

みだりに、自分の快楽や楽しみのために、他の人の嫌がるような暴力をその人に加えたものは、自分の力では脱出できない無人島に放置。

あ、コンクリート詰め殺人事件の犯人の量刑が軽くなった理由として裁判官が「少年らが家庭内暴力を受けていた」ことを挙げているが、これが本当なら、犯人に暴力を加えた親は、自分の力では脱出できない無人島に放置。死ぬまで放置。

人間の中には、暴力を相手に対してふるうことで相手が自分の言うことに従うようになることを知ったときに、自制が効かなくなる奴が居る。そういう奴をのさばらせないためにも、上記のように、死刑にした方が良い。

犯人以外の人間が、犯人に対する怒りをつのらせるのも良くない。
憎悪は憎悪を増やす。攻撃性を高める。
自分の快楽や楽しみのために、他の人の嫌がるような暴力をその人に加えたものや、みだりに人を一人でも殺した(ことを自分で認めた)ものは、即刻死刑にして、そんな残虐な人間の個人情報は、一切忘れてしまうのが良い。
そんな残虐なことをする人間が居たことは、今後そんな人間が現れないようにするための改善策を考えるために記録に留めるべきであるが、死刑になった人間の個人情報など、一切残す必要は無い。
覚えているだけでも虫唾が走る。
この世界から一切消えてほしい。

生きていたという記録も残したくない。