2007年10月1日
ラル=オズワルドは緊急救命隊の一員だった。彼の息子イゼは幼いながらもラルと鍛錬して体を鍛えていた。イゼはラルのことを誇らしく思っていた。ラルの元には感謝の手紙が毎日のように届き、ラルは町の英雄であった。新聞記者からどうしてこの仕事を選んだのかと聞かれるとラルは決ってこう答えていた。
「いやぁ親父が俺にいったんですよ。お前は頭が悪いから体を使え。頭が悪くてみんなに迷惑をかけているからみんなの少しでもお役に立てる仕事をしろって。」
実際にはラルは頭脳も明晰であったのだが。
また美人が助けられたお礼に来るとラルは
「連絡先教えて」
などとくどくふりをする。
そんなときラルは横に居る妻ソフィアにこっぴどくつねられて悲鳴をあげるのである。実際にはラルは不倫などは一切せずにいたし、ソフィアもラルの冗談をわかってはいたのであるが。
ある日、数少ないラルの休日にイゼは海底アミューズメントパークに連れて行ってくれとねだった。たまにしかない休日で体を休めようとしていたラルだったが普段なかなか休日が取れず家族サービスができないことを悪く思っていたのでイズと海底アミューズメントパークに向かった。ラルとイズが歩いていると、たまたまラルが以前助けた家族に出会った。心からラルに感謝する家族を見て、イズはラルのことをますます尊敬し、また嬉しく思うのであった。
そんな矢先、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
事故が起こり、アミューズメントパークの一部に水がが入り込み始めているので至急避難するようにとの指示であった。
ラルはイズに避難するように言い、自分は逃げ遅れた人の救助に行くと言う。イズは自分もラルに付いて行くと言うがラルは認めなかった。イズはラルに見つからないようにラルに付いて行く。
ラルは次々に取り残された人々を助けていく。
ラルに付いて行ったイズはラルの気付かない所に取り残された子供(ボア)が居ることに気付いた。ただしその子の居る場所はラル達からは遠く危険であった。イズは・・・。
ボアとイズが取り残され、ラルは助けにやってきた。ラルが部屋にはいってボアをかついで逃げようとした途端、安全装置が作動して部屋の全てのドアがしまってしまった。
締め切られた部屋にラル、イズ、ボアが取り残されてしまった。しかもその部屋の壁にひびがはいり、水がどんどん部屋に満ちてきている。一刻の有余も無い。ラルは自分の潜水用ヘルメットを脱いでボアにかぶせた。そして部屋に水が満ちた途端、ラルは部屋の耐圧ガラスを叩き割った。
ボアを担いで泳ぎながらラルは思った。
このままでは3人とも死んでしまう。
ラルは担いでいたボアをイズに担がせ、思いっきりの力を込めて、水面めがけて蹴飛ばそうとする。
ラルの様子がおかしいことに気づいたイズは、ラルの手を取って離さないが、イズにラルは何かを言おうとしている。潜水用のヘルメットのガラス越しにラルはイズに伝えようとするが、何を言っているのか、イズには分からない。イズは半狂乱で泣き叫ぶ。「嫌だ。お父さん、一緒に行こう。嫌だ。」ラルはイズの手を振りほどき、イズとボアを思いっきり蹴飛ばした。イズにははっきりと見えた。遠くなるラルの顔が微笑んでいたのを。
ラルの姿は一瞬にして濁った海の水の中に消えてしまい、探しようもなかった。見えたのは、上が明るいことだけだった。イズは泣きながら、必死にボアを担いで上へと泳いだ。気を失いそうになったとき、自分たちまで一筋の光がとおり、イズとボアの体が照らし出された。救急救命隊の潜水艦だった。イズとボアは救急救命隊員に担がれ、何とか一命をとりとめた。
数時間後、ラルの遺体が発見された。ラルの顔はにこやかだった。イズはラルの体につっぷして泣き続けた。
イズは自分を責める。そして救急救命隊を嫌い、そんな職に就くことを拒絶するようになる。
多くの人が集まったラルの葬儀に参列したイズは、ラルのために心から祈っているボアに向けて、
「お前みたいな弱い奴が居たから、お父さんは死んでしまったんだ!お前なんかより、お父さんが助かれば良かったんだ!」
と罵る。ソフィアはイズを平手打ちにする。イズは葬儀の会場から飛びだし、ソフィアから行方をくらましてしまう。
イズは髪の毛を染め、服装を変え、地元から離れた大都会に来ていた。路上での生活を続けていると、暴力団が体格の良いイズに用心棒をしないかと誘ってきた。イズは誘いに乗り、暴力団幹部の用心棒になった。暴力団の高利貸しに借金して返済できない男を恐喝したりもするようになった。イズは口ぐせのように言っていた。「弱い奴が居るから、父さんは死んだんだ。父さんはバカだ。」
イズが借金を取り立てようとした男が、教会に逃げ込んだ。男を追って教会に入ったイズはドラコンと出会った。ドラコンは突然、イズに言った。「お父さんは、あなたにそんなことをしてほしかったのではないですよ。あの海の中で、お父さんはあなたに何と言ったか、それを一緒に探しに行きませんか。」何も知らないはずのドラコンに突然そんなことを言われたイズは、強がりながらも、ドラコンの言葉が気になり、男への借金取り立てを中断して教会から去っていく。
イズはラルの墓石の前に来ていた。ラルに謝り続けるイズ。イズが目を開けると、ドラコンが微笑んで立っていた。
「お父さんの最後の言葉を探してみても良いですか。」
ドラコンは、ラルの墓石の前に手をかざし、ラルの死ぬ間際にイズに言った言葉を拾い始めた。そして、ラルの声色で話し始めた。イズの脳裏には、最後にラルが自分に向けて言っていた表情と口元の動きが鮮明に思い出された。その表情がドラコンの顔と重なった。
イズ、父さんはお前が誇らしい。よく、この子を助けに行ってくれた。
お前なら大丈夫だ。父さんが居なくても、きっとお前なら、父さんの代わりにみんなを救ってくれるはずだ。
イズ、生きぬけ!生きて父さんの分まで人を救ってくれ!
たまらず、イズは顔を手で覆って泣き初め、地面に座り込んで肩を震わせた。「とうさん、とうさん・・・。」
ドラコンは続けた。「お父さんは助けた人たちが元気で活躍し、感謝の挨拶に来てくれている姿を思い出しながら、幸せにつつまれながら、天に召されたのですよ。」
数年後、救急救命隊で活躍するイズとボアに、新聞記者が取材をしていた。「どうしてこの仕事を選んだのですか」と聞かれたイズはこう答えた。
「いやぁ親父が俺に言ったんですよ。お前は頭が悪いから体を使え。頭が悪くてみんなに迷惑をかけているからみんなの少しでもお役に立てる仕事をしろって。」
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